ここのところ『覚えておきたい日本の牝系100』
今日はそれらの思い出について書いてみたい。
まずはクエストフォベストから入らねばならないだろう。
ハンドルネームにも使っておりドメインにもなっているこの馬は、 丘高系に属している。
戦績だけでいけば4戦2勝と大した事はないのである。
ただその年のクラシック戦線において岡部幸雄騎手があのビワハヤ ヒデの主戦をしながら、「この馬のほうが強い」 と言った事で一躍注目を浴びた。
当時、私は競馬を始めたばかりだったので、クラシック戦線の状況を逐一把握するなど、どっぷり競馬にハマっていた。
毎週金曜日になると、同じ学部の競馬好きから電話が掛かってきて「どの馬が勝つか?」を2時間あまりも話続ける日々だった。
その時、確かWINS後楽園であったと思うが、春菜賞のレースを観たのである。
地味目の勝負服の馬で、馬格もあまり大きく見せる馬ではなく、とても514kgあったとは思えなかった。
ただ追い込みの足は鋭く、最後方に近い場所から前に行ったケントニーオーをあっさり差し切ったのを覚えている。
当然、私の中でクラシック本命馬になったのは言うまでもない。
考えてみれば、
父トウショウボーイ
母桜花賞馬ダイアナソロン
近親テンポイント
藤沢和雄厩舎
岡部騎手
無敗でクラシック戦線
倒した相手がロイスアンドロイスとケントニーオー
もう盛り上がる要素満載なのである。
が、春菜賞後に骨折が判明。古馬になって復帰するものの2戦して着外で引退であった。
その年のクラシックは皐月賞がナリタタイシン、ダービーがウイニンチケット、菊花賞がビワハヤヒデという3強の年であった。
クエストフォベストの主戦であった岡部騎手が乗っていたからかもしれないが、終始ビワハヤヒデを外して馬券を買っていた思い出がある。
とはいえ、これら3強もその後のサンデーサイレンス旋風のなかで後継種牡馬を残せず今や血統図に名前を残すだけだ。いずれも、名牝系に入ってきてはいるが。
そういう意味では、クエストフォベストという馬は名牝系に名を連ねているだけでも幸運なのかもしれない。